貸金業法制定の歴史
このページでは貸金業法制定の背景と改正経緯を解説しています。
■ 貸金業法制定の流れ
高金利、過剰な貸し付け、そして苛烈な取立てといったいわゆるサラ金問題が社会現象となっていた昭和58年4月28日
議員立法によって「貸金業の規制等に関する法律」(いわゆる貸金業規制法。昭和58年法律第32号)が
「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律の一部を改正する法律」(昭和58年法律第33号)とともに成立し、
昭和58年11月1日より施行されました。
平成11年には、いわゆる商工ローン問題を契機とした、貸付利率の明確化、保証人に対する書面の交付方法の改正、
取立て行為の規制強化、罰則の強化が講じられました(平成12年6月1日施行)。
また、平成15年には、いわゆるヤミ金融問題を背景に、登録要件の厳格化、無登録業者に対する取締り強化、
取立て行為規制の強化、罰則強化、超高金利の貸付け契約の無効といった改正によって、
貸金業規制法は悪質な業者への対決姿勢を一段と強めました(平成16年1月1日全面施行)。
そして、平成18年の改正では、多重債務者問題の解決を主たる目的とした、貸金業の適正化、過剰貸付けの抑制、
金利体系の適正化、ヤミ金融対策の強化、多重債務者問題に対する政府をあげた取組み等総合的かつ抜本的な
改正が行われ、法律名も貸金業規制法から貸金業法へ変更されました(平成18法115法2。平成19年12月19日改正)。
■ 貸金業法制定以前の規制法
度重なる改正を経てきた貸金業法ですが、貸金業規正法以前はどのような法律・規制があってのでしょうか。
貸金業はもともと歴史が古く、日本では明治10年の太政官布告による旧利息制限法が、近代的法典の形式をもって、
金利の上限規制を定めていました。昭和に入ると警視庁令による「金融業取締規則」が貸金業者に対する取締規定として設けられていました
(昭和14年)。このときは貸金業は許可制であり、広告の規制、契約書面の交付規制等がおかれていました。
しかし、戦後の新憲法の制定と同時に廃止とされました。
戦後の混乱期を迎えると、高利貸しが続出。これによる貸金業の弊害を解決するために、あらたに、
「貸金業等の取締りに関する法律」(昭和24年法律第170号。以下「貸金業取締法」)が制定されました。
貸金業取締法には、貸金業者の事前届出や監督官庁(大蔵大臣)による検査・監督権が規定されていましたが、
貸金業者に適用される上限金利については、「臨時金利調整法」(昭和22年法律第181号)に規定される最高金利
を準用するはずでした。
ところが、臨時金利調整法による金利が提示されることはなく、金利規制としての効果がなかったため、
貸金業取締法は昭和29年の出資法制定と同時に廃止されました。
一方出資法は、金利の上限規制を規定していたものの、単に貸金業の実態調査の目的を有するに過ぎない規制のため
貸金業の開業規制(事後届出)や報告徴収、立入検査といった規制が実際に適用される場面は非常にレアケースでした。
高度成長時代を背景に、貸金業者が急成長していた昭和47年には、「貸金業者の自主規制の助長に関する法律」
(昭和47年法律第102号)が制定されました。ただこの法律はあくまで貸金業者の団体による団体加盟業者に対する
自主規制を前提とした法律であり、貸金業の業務を効果的に規制する法制度とはいえませんでした。
■ 貸金業法の制定と出資法の改正
昭和50年代に入り、貸金業者による高金利、過剰貸付、苛烈な取立てを原因とする利用者の自殺や失踪等が
社会問題として大きくクローズアップされてきました。
これが世に言うサラ金問題といわれた事象です。
このサラ金問題に対して、昭和52年から、関係各省庁を横断する形で「貸金業問題関係省庁連絡会」が設置され、
貸金業者に対する刑事上の取締りや行政上の監督、民事上の契約の取扱い等について協議がなされてきましたが、
立法化に関しては、主として金利の取扱いに関する調整が困難ということもあって、政府案として統一することができませんでした。
その後も、各政党から種々の対策法案が国会へ提出されましたが、廃案、継続審議を繰り返し、なかなか調整がつきませんでした。
なぜまとまらなかったかというと、出資法上の上限金利をどこまで引き下げるべきかという問題、そして利息制限法の規定する
上限金利を超過するものの、出資法の定める上限金利を超えない、利息制限法と出資法の間の金利、いわゆるグレーゾーン金利
の取扱いをどうするかという問題がありました。
特にグレーゾーン金利問題は、利息制限法の規定する金利を超えて支払った額は元本に充当され、
元本が完済され過払分があれば不当利得として返還請求できるとした、一連の最高裁の判例
(最判昭39・11・18判時390・8、最判昭43・11・13判時535・3、最判昭44・11・25判時580・54)との整合性をどのようにとるのか、
という点について、審議がまとまらず非常に難航しました。
昭和57年8月、第96回国会において、グレーゾーン金利の部分については、債務者が任意に支払った場合には返還を請求できない
という内容で各政党間の調整がやっとつき、昭和58年4月28日、第98回国会において議員立法によって貸金業規制法が成立、
施行されました(昭和58年11月1日)。また、あわせて「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律の一部を改正する法律」
(昭和58年法律第33号)が制定され、出資法の上限金利が109.5%から40.004%に段階的に引き下げられることになりました。